ここは母校を卒業して各界で活躍されている皆さんが久しぶりに再会する 
同期会、クラス会、クラブ・サークルOB会の活動計画や実施報告の場です。
皆さんの情報をお寄せ下さい。

 



16期3組クラス会報告
林伸光先生米寿祝い & 16期3組クラスメイト古稀祝い

幹事 山崎一郎 

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 一橋高校創立50周年記念同窓会が開催された2000年11月18日の時以来のクラス会!
2018年6月10日(日)12:00〜14:30新橋の新橋亭にて、18年振りに開催しました。
林先生は残念ながらご出席頂けませんでしたが、連絡が付いた32名中24名(男10、女14)の参加があり、中には北九州、松山、大阪と遠方からの参加者も6名を数えました。
胸に名札を着けたものの、中には30〜40年振りに会うメンバーもいて、しばし戸惑う場面も散見されました。
座席くじで隣り合わせに座り在学中は殆んど話もしなかった同士でも、和気あいあいと会話が盛り上がっていました。
多くの時間を近況報告で費やしましましたが、和やかな会となり1年半後の再会を約して散会しました。

 1966(S41)年(16期)卒3組は、2年の2学期に有志が文芸誌「仲間の手帖」をガリ版刷りで創刊しました。
在学中に7号まで、更に卒業後も10号(1968年5月)まで発刊していました。
この仲間の手帖を復元しようという事になり、ガリ版刷で判読が出来なかった部分もありましたが、創刊号〜10号を再生「復刻版(PDF)」を作成しました。
今回のクラス会に併せて11号の発行を模索し、先生のお手紙、近況報告と写真、先生へのお祝いメッセージを軸に、数名のエッセーを載せ「仲間の手帖11号」(50周年記念号)を発刊しました。
創刊号〜11号をDVDにして当日配布し、後日欠席者には当日の写真も入れたDVDを郵送しました。
また、林先生には、お祝いとDVD、併せてクラス会の写真を入れ「仲間の手帖11号」小冊子もお送りしました。
それを読まれた先生から届いた礼状は、早速クラスメイトにメール送信しました。

最初のアドレス調査は大変でしたが、その後の連絡や原稿集めも文明の利器を使い楽が出来ました。
さらにPC操作技術を持ったメンバーが居たことで可能となった、クラスの文芸誌の復刻と11号の発行でした。
メールをやっているメンバーが29名、やっていないメンバーが3名…携帯は持っているがメールをやったことが無かったが、今回のクラス会で使えるようになったと云う方も・・・



6期1組クラス会報告

6期1組  (E.T)

   6-1as.jpg  画像クリックで拡大画像を見られます
幹事の菅佐原様より「恒例8月第4土曜日(26日)一橋高校前「帆掛鮨」にて一組クラス会に参加如何ですか」とお誘い頂きました。
暫く出席をためらっておりましたが他クラスの方が「会場まで車で行くからご一緒に」とお気遣い頂き、当日京浜東北線大井町駅前待ち合わせで会場には定刻より少し遅れて席に着きました。
女性10名、男性12名の出席。
皆様とは久しくお会い致しませんでしたが私たちの両親の時代と違い参加の方々は10歳くらい若く感じられました。
子育てや孫の面倒等々のお話は過ぎ去ってしまったのでしょうか私をはじめご自分の体調の話題が多くなって参りました。
6期卒業生も今年傘寿を迎えこれも年のせいで致し方ないと勝手にこじつけて居ります。
クラス会に参加して思うことは、ふと自分がタイムスリップして学生時代の淡い思い出がよぎり此の年齢になりましても胸を熱くいたします。
同じ学び舎で過ごした3年がこうも永くお付き合い出来るとは思いませんでした。
ストレスもなく日々平穏に楽しく過ごしている方もいらっしゃると思いますが私などはそうなれないのが悩みでございます。
こうした会に出てお話し致しますと皆様に元気を頂き心晴れやかになる思いでございます。
12時より4時迄の長時間でしたがまたの再会を期して記念撮影後解散致しました。



9期機械科クラス会報告

幹事  亀井 龍路 

   9-ks.jpg  画像クリックで拡大画像を見られます
平成29年2月18日、銀座の料理屋で4年振りの、九期機械科のクラス会を開きました。
   出席者は、バリバリ現役の車両設計者(豪華列車四季島)、建築石材会社経営、毎日歌壇の選者、イラストレーター、元区会議員、元都職員、元大学職員、機械工場長、フォークリフト修理・教官、アパート経営、技術者派遣・製品開発、等未だ現役か、現役を退いても、自転車で江ノ島に行ったり、古文書の勉強や、地域のまとめ役を務める元気者12人が集まりました。
 そこに驚いた事に普通科の女子6人が降臨。
我々機械科の生徒にとって普通科の女子は、あこがれの女神様でしたので、大変嬉しく心弾む思いでした。
これは二組の新井さんが音頭取してくれたおかげです。
76歳の今、半数の級友の消息が分らず生死の程も知らず捜そうにも手がかりが無いまま60年の歳月が流れました。
卒業してほどなく北朝鮮に行った新井源蔵は今どうしているか気になる今日この頃です。