| チュ・ダラレ(朝倉政子)さん 38期
11期 大平利宗 |
カンボジア王国、首都のプノンペンで政府高官の次女として生まれたダラレさんは波乱万丈の半生を過してきました。 1975年クメールルージュのプノンペン入城によってロンノル政権が崩壊しました。 新政権によって、170万人とも200万人とも言われる人々が、虐殺されています。 父上も政府関係者の為、行方が分からなくなってしまいました。 その後、身辺に危険が迫りつつあった時、日本にいた叔父を頼り、兄と姉の3人で政治亡命したとのことです。 青山にあるカンボジア大使館に住み桧町小学校に編入学の後、赤坂中学を卒業。 そして1985年4月、我が一橋高校に入学しました。 持ち前の明るい性格で、ダラレさんはクラスで人気者だったそうです。 昨年の旧友会(一橋高校に在籍した先生方のOB会)で当時学年主任だった高木徹先生と安部サト先生から彼女の話を伺いました。 その後の彼女の消息の調査を筆者である私に両先生から依頼されました。 私が昨年からカンボジアで仕事を始めた為です。 次にカンボジアを筆者が訪れた際、在プノンペンの日本大使館の篠原勝弘特命全権大使に伺ったところ直ぐに彼女の所在が分かりました。 ダラレさんはカンボジアでは有名人だったからです。 カンボジア王国フンセン首相の秘書官を現在も務めています。 一橋高等学校卒業後、1992年駿河台大学法学部を卒業してサンフランシスコ州立大学に留学中に突然祖国カンボジアに呼び戻されました。 明石国連代表がカンボジアに着任して日本語とクメール語の話せる人材として求められ、日本政府プロジェクト「カンボジア国復興計画」企画調整員に就任しました。 以後はカンボジア政府と日本政府との要人通訳を務め、今年も11月5日から数日間、フンセン首相の来日に秘書官として同行して活躍しています。 尚、ダラレさんは秘書官としての公務の他にプライベートでは、アルファインターナショナル社の社長を務めています。 また、平成14年には 朝倉政子さんの名で日本国籍を取得しました。 今後のご活躍を期待しています。 ALPHA International 38 期 旧姓CHOU DARARETH 朝倉政子( 新) カンボジアは過去の辛い歴史を乗越えこれからの大きな未来へのビジネスチャンスを広げています。 30 才未満の人口が65%以上を占め、これからの経済を押し上げる重要な役割を果たしています。 アルファ・インターナショナル社はカンボジアのコンサルタント会社です。 日本からカンボジアに企業進出、投資をお考えの方にサービスを提供する会社です。 現住所 House No.45 Street No.294 Sangkat Boeung Keng kan (特),khan Chamkarmon Phnom Penh Cambodia 携帯電話( 日本から) 010-855-16-815-029
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| 青木宏一郎さんの講演会
13期 垣本 由紀子(旧姓 松井) |
二組の青木宏一郎さんの著書「鴎外の花暦」が養賢堂から出版されました。平成20年11月1日に日比谷公園の「緑と水の市民カレッジ」にて出版記念講演「森鴎外のガーデニング」が開催されました。 柏葉会会長が海外出張とぶつかったので代理で六期の藤城さんと参加しました。 「鴎外の花暦」は、森鴎外が愛した花を「花暦」と日記で綴った写真集です。 100年前の花の流行やガーデニングの様子を紹介しながら、鴎外の知られざる一面も紹介されたので、鴎外の事を深く知らなかった私にも興味深く楽しい内容でした。 ちょうど「日比谷公園ガーデニングショー2008」が開催されていて、講演会場を訪ねた時にブースの女性が「青木さんの講演会はいつも楽しみにしているのに、今年は担当日と重なってしまって残念」と言っていたのが印象的でした。
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| 成田雄次さんの写真展
13期 垣本 由紀子(旧姓 松井) |
「鴎外の花暦」の講演会で偶然、二組の成田雄次さんとお会いして、ご友人と開催している二・五人展に誘われて、平成20年11月5日に「京橋ギャラリー久保田」に、彼の力作の写真を観に行きました。 多方面に旅行しているようで、私の大好きな奈良井宿など懐かしく観賞できました。 五組の三浦さん、山崎さん、吉村さん等とお会いして楽しいひと時を過ごすことが出来ました。 私達の期は、英語と数学はコース制で勉強したので、横に広い人脈が広がるのですね。 因みに先輩達の、学年は主要5科目全部がコース制だったという事です。
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| 頑張っています 本場中国料理『松花江』 |
「はくよう25号」で紹介した、39期宮下正明さんの店の味が急に恋しくなって久しぶりで事務局員3人で訪ねました。 彼の出身地である中国を15歳で離れ、縁あって一橋高校生になった彼は、安部サト先生の薦めで上野毛の吉華(きっか)などで修行を重ねました。 言葉の壁やとても厳しい修行を乗り越えて、平成5年、24歳で大田区の池上駅前に自分の店をオープンする事ができました。 店名は故郷の哈爾濱(ハルピン)に流れる大河「松花江(しょうかこう)」と名づけました。 今では、中国から美人の奥さんを迎え、お子さんが二人います。 在学中から働いていて、仕込みを終えてから学校に行った話など懐かしげに話していました。 1年に一度、2〜3週間かけて仕入れを兼ねて奥さんの里の南海島(中国のハワイ)等に旅をするそうです。 その折には、安部サト先生ご夫婦も同行して親子以上のお付き合いが続いているとの事でした。 彼の店で毎年、6月に旧友会の先生方が集まっているという事です。 火曜定休 電話03−3753−0093
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